兵庫県赤穂市の文化財 -the Charge for Preservation of Caltural Asset ,Ako-
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市指定文化財
有年原・田中遺跡墳丘墓出土土器
うねはら・たなかいせきふんきゅうぼしゅつどどき

区分
有形文化財
種別
考古資料
数量
一活
所有者
赤穂市教育委員会  
指定年月日
平成21年4月20日
指定番号
54
説明
 有年原・田中遺跡は赤穂市北部の有年原にあり、矢野川が千種川に合流する地域の北部低地に位置する。遺跡自体は、弥生時代前期から室町時代に至る複合遺跡である。
 この有年原・田中遺跡では、昭和63年のほ場整備事業に伴う発掘調査で、弥生時代後期の大型円形墳丘墓2基が発見されている。調査後、墳丘墓の周辺は保存され、公有化し整備した後、遺跡公園として公開されている。平成2年(1990年)3月20日には兵庫県の指定文化財(史跡)になっている。
 墳丘墓出土土器は、いずれも墳丘墓の周溝内外にかけて出土した供献土器と考えられる装飾壺・装飾器台・大型装飾高坏などである。大型装飾高坏はほぼ完形に復元されているが、装飾壺・装飾器台は大半が破片である。装飾壺・装飾器台のうち、それぞれ1個体ずつについては、全体がわかるような形に接合・復元されている。装飾壺・装飾器台とともに、破片を観察する限り、その文様構成は、バリエーションに富んでいるが、主要な特徴は以下のとおりである。
    【1】 装飾壺
     口縁帯に双頭渦文・刺突文・鋸歯文、頸部に沈線文・刺突文・鋸歯文を施し、頸部と肩部の境及び玉葱形に張った胴部にそれぞれ2条の突帯が巡っている。突帯の上部に波状文と刺突文が施され、突帯間に刺突文と鋸歯文、刻みのある縦の棒状浮文を貼付している。表面に赤色顔料の痕跡がわずかに認められる。口縁部が張り、頸部は逆ハの字形で胴部は玉葱状若しくは少し扁平な算盤玉状に強く張っている。
     文様や胎土などから考えて8個体以上あったものと推定される。
    【2】 装飾器台
     口縁帯に双頭渦文・刺突文・鋸歯文、筒部には突帯が巡っており、その突帯間には円形の透孔が穿たれている。脚部の張り出し部には刺突文・鋸歯文・菱形文のほか円形の透孔が見られる。文様や胎土などから考えて8個体以上あったものと推定される。
     このほか、特筆されるものとして、内面に弧文と直線文を持つ口縁部、頸部には刻みのある突帯を巡らし、筒部は山形文・半截竹管の刺突文と長方形の透孔を施す個体も認められる。
     いずれも表面には赤彩の痕跡がわずかに見られる。
    【3】  大型装飾高坏
     装飾の構成は装飾壺・装飾器台と同様で、口縁帯と脚裾部には刺突文・鋸歯文・菱形文が繰り返し施される。坏部中央は焼成前に穿孔されている。一個体がまとまって出土している。

 装飾壺・装飾器台・装飾高坏は、刺突文・鋸歯文を多用する文様構成と斜め下方に大きく拡張する口縁帯や刺突文を施す方向も右回りで共通するなど、一群の供献土器として作られたことがわかる。
 有年原・田中遺跡墳丘墓出土の装飾壺・装飾器台は、弥生時代から古墳時代にかけての墳墓における祭祀用土器として、吉備を中心に用いられる「特殊壺」「特殊器台」に近接した要素を備えている。装飾高坏も同地域で散見されることから吉備の影響を強く受けていることがわかる。また、本例に類似した出土遺物は、兵庫県内においては、有年原・田中遺跡以外では出土していない。
 以上のことから、有年原・田中遺跡墳丘墓は、弥生時代から古墳時代の移行期における埋葬遺構として極めて重要とされ、県史跡に指定されている。これらの埋葬遺構から出土した本物件は、墳丘墓の年代を決定づけるだけでなく、同時期の葬送儀礼の様相を示すものとして貴重なものであるため、破片を含めて一括指定することが望ましいと考える。


(上記は指定時の文章です)

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巻頭写真1
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